■武家屋敷の跡地に“トンネル”<br /><br /> 住宅の庭先にぽっかりと空いた穴。人の背丈ほどの深さがあり、トンネル状の横穴が4メートルほど奥に続いています。そして、突き当たりには穴を塞ぐような石積みが。まるで、この石積みの向こう側に何があるのか、興味を誘うようなたたずまいです。敷地の所有者は…。<br /><br />庭に巨大な穴が開いた加藤さん(65)<br />「99%、防空壕(ごう)だと思いますけど」<br /><br /> しかし、加藤さんにとっては残り1%が重要です。<br /><br />庭に巨大な穴が開いた加藤さん<br />「本当にわずかな確率でお宝があるかなって。残りの1%にかけている」<br /><br /> 全く根拠がないわけではありません。<br /><br />庭に巨大な穴が開いた加藤さん<br />「浜松城がすぐ近所にあって、武家屋敷があった場所ですから」<br /><br /> 穴が出現したのは、浜松城から直線距離で300メートルほどのところです。<br /><br />■徳川埋蔵金は?江戸時代の地図発見<br /><br /> どんな場所なのか、地元の図書館を訪ねました。江戸時代後期の地図です。穴が現れた場所は古地図で見ると、近くに番所があるのが分かります。つまり、城の入り口。本丸に入る際の検問所があった場所と推定されます。<br /><br />地元の人<br />「古いおじいさんの話だと、ここに『番所』だという石碑があったそう。ここからお城に入る道があったそう」<br /><br />■“20兆円”埋蔵金はあるのか<br /><br /> そもそも浜松は徳川家康ゆかりの地です。そこで思い出されるのが“徳川埋蔵金騒動”。<br /><br />見守る人<br />「お代官様の近くだから」<br />警察官<br />「10万両ですかと」<br /><br /> 埋蔵金の魔力に吸い寄せられる人々。気にならないわけがありません。同様の探究劇は度々、繰り返されていて、群馬県片品村での埋蔵金探しも。<br /><br /> いずれも埋蔵金の発見には至っていません。<br /><br />■徳川ゆかりの地“巨大な穴”正体は<br /><br /> しかし今回、穴が現れた浜松市。市内の遺跡から鎌倉時代に埋めたとみられる“埋納銭”が発掘されたこともあるんです。<br /><br /> この暗闇の奥に何があるのか、想像力を刺激する古文書の存在に行き当たりました。<br /><br />■徳川埋蔵金は?古文書が存在<br /><br /> 江戸期の地図を見ると、近くには「万松院」という大きな寺があったようです。江戸時代に書かれたこの地域の古文書には、この「万松院」の場所に徳川家の重要な家来がいたとも。<br /><br />庭に巨大な穴が開いた加藤さん<br />「この先に何かあるなという雰囲気を醸し出している。大判小判がざくざくなら、うれしい」<br /><br /> すでに浜松市も穴の調査には訪れています。担当者の所感は「防空壕」。浜松市は戦時中、空襲などの度重なる攻撃を受けました。結果的に防空壕ということが判明すれば、市の責任で埋め戻すなどの対応をするとしていますが…。<br /><br />庭に巨大な穴が開いた加藤さん<br />「この奥、続いていますから、調査しないで埋められるのは嫌。ちょっと隙間から奥がのぞける、その先が。ぜひとも、その壁を取っ払って、奥がどうなっているか知りたい」<br />[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp
