1985/6/7 @ 新宿LOFT 「HELLO MY FRIENDS」<br /><br />同年2月にバンド結成後、僅か4ヶ月後に行なわれた初代メンバーによる幻のライブ映像。<br />結成当時のメンバーは、Vo.甲本ヒロト G.真島昌利 B.望月正水 Dr.英竜介。<br /><br />―――<br /><br />1985年に甲本ヒロトと真島昌利 の二人を中心に結成されたザ・ブルーハーツは12月24日、年の瀬も押し迫ったクリスマスイヴの日に「世界一のクリスマス1985」と題した初のワンマンライブを行った。<br />そして会場にきた観客全員に「1985」という曲を録音した自主制作のソノシートをプレゼントし、その曲をライブでも演奏した。<br /><br />ブルーハーツの誕生と「1985」について、甲本ヒロトはインタビューに答えてこう語っている。<br /><br />ブルーハーツ組んだ年なんですよ。<br />その年に“1985”っていう曲を作ったんです。<br />で、それはもうブルーハーツ元年。<br />日本のロック元年だと、僕は、その時もまだ誇大妄想狂だから(笑)。<br />ロックンロールにおける日本代表・ブルーハーツだと思ってたわけですよ。<br />ライブ・ハウスでやってるくせに(笑)。<br />そう思ってたからね、そういう曲を作ったんですよ。<br />で、その曲をもう1985年過ぎたら演奏しないつもりだったんです。<br />で、じゃあ残すんなら今しかないなと思って、録音してソノシートを作ったんです。<br /><br />しかし「1985」は最初に公になった音源にもかかわらず、1995年に解散した直後に出たベスト・アルバム『SUPER BEST』に収録されるまで、長らく幻の曲となった。<br /><br />1985年という年は「いじめの時代」の幕開けである。<br />全国の小・中学校で「いじめ」が横行しているというニュースが何度もとり上げられ、「いじめ自殺元年」ともいわれた。<br /><br />そして8月12日には世界最大の航空機墜落事故が起きている。<br />日航ジャンボ機に乗っていた520人の命が奪われたが、その中には日本でただ一人、全米チャート1位に輝いた「SUKIYAKI」を歌った坂本九がふくまれていた。<br /><br />「1985」<br />(作詞・作曲:甲本ヒロト)<br /><br />❝1985 国籍不明の<br />1985 飛行機が飛んだ<br />風を砕くのは銀色のボディー<br />謎のイニシャルは誰かの名前<br />僕達がまだ生まれてなかった<br />40年前戦争に負けた<br />そしてこの島は歴史に残った<br />放射能に汚染された島❞<br /><br />日本という国が「帳簿上」だけの金持ちという奇妙な状況に放り込まれて、「経済至上主義の時代」が始まったのも1985年からだ。<br />ニューヨークのプラザホテルで行われた日・米・英・仏・西独による先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議で、ドル高是正のため各国が為替相場に協調介入することで合意した。<br /><br />アメリカの貿易赤字と日本・西独の貿易黒字による国際収支の不均衡を、円高ドル安を容認することで是正しようとするのが目的だった。<br />その結果、物を消費することが日本政府によって奨励されて、知性を欠落させた「大衆の時代」が始まっていく。<br />それが1990年代のバブル崩壊にまで、土地本位制とともに突き進んでいったのである。<br /><br />❝1985 求めちゃいけない<br />1985 甘い口づけは<br />黒い雨が降る死にかけた街で<br />何をかけようかジュークボックスで<br />1985 今、この空は<br />神様も住めない そして<br />海まで 山分けにするのか<br />誰がつくった物でもないのに❞<br /><br />「1985」の歌詞に織り込まれていたのは、目には見えてこない恐怖や危機に対する警鐘だった。<br /><br />1980年12月1日発売のアルバム『SURF&SNOW』で、松任谷由実は「恋人がサンタクロース」を発表している。<br />それは大ヒットした映画『私をスキーに連れてって』の挿入歌に使われたこともあって広く浸透し、山下達郎の「クリスマス・イブ」と並ぶ国産クリスマス・ソングの定番曲になっていく。<br /><br />それから5年後、ブルーハーツは「サンタクロースのおじいさんの命が危ない」と叫んだ。<br />そして、その叫びを「1985年だけの曲」だとして自ら封印する。<br /><br />❝1985 クリスマスまでに<br />サンタクロースのおじいさんの<br />命が危ない<br />1985 選挙ポスターも<br />1985 あてにはならない❞<br /><br />「1985」の最後に甲本ヒロトは、ブルーハーツ元年が日本のロック元年だという宣誓を述べている。<br /><br />❝僕達を縛り付けて<br />独りぽっちにさせようとした<br />全ての大人に感謝します<br />1985年 日本代表 ブルーハーツ❞<br /><br />「1985」はそれから32年の歳月を経た2017年の12月に「THE BLUE HEARTS アナログEP17枚組BOX」として、当時と同じソノシートによって再現されている。<br /><br />#ブルーハーツ #甲本ヒロト #真島昌利 #TheBlueHearts
